はじめてのフラワーレメディ②講座を受けた理由と過去のできごと

先日のフラワーレメディの投稿からだいぶ日数が過ぎてしまいました。今の季節は植物が元気で、庭仕事に精を出したり、それに関する投稿をしたりしていて、なかなかこちらを書くタイミングにならず…。でも購入したフラワーエッセンスを毎日飲んでいましたよ^^

フラワーエッセンスをやろうと思ったきっかけを前々回の投稿で書きました。

「心とからだにこれっぽっちも力もないときには、化学成分を持たないフラワーエッセンスがいいのではないか」と思ったことがきっかけです。

今日はその私に全然力がなかったときのことを書きます。自分のことを書くのはちょっとパワーと時間がいりますよね。それで書けるタイミングを待っていたのもあるのかも。

ちょっとナイーブな内容を含むので、家族の死や妊娠についての悲しい思い出がある方は読まないほうがいいかもしれません。

私が心身共にとてもつらかった時期は28歳のときでした。今から13年前。父の食道ガンがわかったときです。父はガン発覚から他界するまでちょうど一年でしたが、その一年間が私の人生の中で大きなできごとが起こったタイミングでした。

父のガンのステージとだいたいの余命がわかった私は、「孫を見せたい」と思いました。30歳までは夫とふたりで過ごそうとしていた予定をやめ、妊活しました。幸いすぐに妊娠。ただ、残念ながら流産という結果になりました。

流産は心身共に大きなダメージを与えます。私は自然流産でしたが、あのときのお腹の痛みはよく覚えています。出産時のように周期的に来る激痛。出産をまだ経験してなかった私は不安と恐怖でいっぱいになりました。一人、自宅トイレでその痛みに耐えたこと、自分の体から出ていった時の不思議な感触、今でも鮮明に覚えています。

その後、流産のショックと父の病状悪化の心配で排卵がストップ。半年以上、排卵が起こらず、何度か薬で排卵を起こしました。結局、排卵が再開したのは父が他界してから。皮肉なことに父が悪化していく心配や恐怖が終わったとわかった途端のことでした。

人間の身体って本当によくできていますよね。心とからだはつながっている、と体感した一番大きなできごとです。婦人科の先生は「ストレスを感じる場所とホルモンを司る場所は同じだから、お父さんの心配があるときは排卵は難しいかもね」と言っていたなぁ、不安から解放されてストレスがなくなって、体が子孫を残すモードに変わったのかな、とアロマスクールで体について学んでから思いました。

父の他界した時期は東日本大震災があったタイミング。日本中が大きな悲しみに包まれていたときだったのも、私の心に大きな影響を与えたとその後になって感じました。

ただフラワーエッセンスを試しているときに感じたのは、私が癒すべき過去のできごとは父の死と流産のショックではあるのですが、もっと深いところにある、ということです。

それが何かというと、「こわかった」「悲しかった」という自分の気持ちをまるごと受け入れなかったことなのではないか、と思うんです。

長くなってきたので、この続きはまたにします。読んでくださり、ありがとうございました。

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